無題(仮)

 『死にかけた』

 『どうだった?』
 この応答は友達として変だと思う。
 普通、大丈夫の一言ぐらいあるだろう。たぶん大西のことだから、メール打てるんなら平気だろとか思ったんだろうけれど。
 『どうって?』
 『怖かった?』
 『たぶん』
 『何だよそれー』
 『わかんないよ』
 『ふーん。そんなもんなんだ』
 『でももう経験したくないかな』
 『へえ』

 やっと落ち着いてきた心臓に手をあててみる。当たり前のように動いていた。もし、あそこで轢かれていたら、止まっていたんだと思うと、今更ぞっとした。
 『そういえば、お前飯食べたか?』
 「あ」
 思わず声に出てしまうくらい、すっかり忘れていた。
 言われてみれば、お腹が空いているような気もする。
 『忘れてた』
 『やっぱり』
 『やっぱりって何だよ』
 彼には僕がそんなふうに見えているんだろうか。
 『なんとなく。それよりちゃんと食べろよー』
 『はいはい』
 何時ごろかと時計に目を見やれば、もう一時前だ。いつの間にこんなに時間が過ぎていたんだろう。
 一番近くにあったコンビニに入り、パンひとつとオレンジジュースを買った。
 パンの封を開けながら、駅三つ分を歩いて帰るのが可能かどうか考えていた。それほど遠くはないし、帰れないというわけではないと思う。どうせ暇だし。ゆっくり歩けば、どれくらいかかるだろう。
 緑色のベンチのことを思い出した。あの人通りの少なかった並木道も。
 確かこの道を真っ直ぐ行けば、帰れるはずだ。
 食べ終えたパンの袋と一気に飲み終えたジュースを、もえるゴミと書かれたゴミ箱の中に捨てた。これを見るたびよく思う。もえるって書いてあるけど、燃やそうと思えばたいてい燃やせるんじゃないか。今日は、ご飯を食べれることに、少し感謝をしながら。
 当たり前のことに感謝できる機会っていうのはあまりない。だから、あの時の感情を覚えているうちに、今までの分も感謝しよう。

 『生きるってすごいね』
 いつか彼が言っていたこと、なんとなく解った気がした。それは科学的とかそんなんじゃなくて、感覚的に。
 そう送ったら、しばらくして、今頃解ったのかと返ってきた。
 その通りだ。
 それに、解らないことの方がまだまだ多い。一生かけてそれが解るようになるだろうか。解ればいい。全てとは言わないが、ほんの一欠片ぐらいは。

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