無題(仮) たまに、無性に人と接するのが億劫になる時がある。 「あら、」 「あ、お早うございます」 近所のおばさんだった。あまり面識はないけれど、一応挨拶しておく。 「お早う。学校は?」 当然の質問。 「創立記念日なんです」 ありきたりな嘘を出来る限りの自然な笑みで答えてみた。 すると、おばさんは意外にもすんなり受け入れてしまった。ああ、そうなのって微笑んだのをみて、僕はそれではとその場を去った。 そう、例えばこんな時だ。 誰かと話してたり、誰かが誰かと話したりしているのを見ると、なぜだか酷く吐き気がする。そんな時がある。話している相手も、そこに居る自分自身も。 どうしてか胸が張り裂けそうになる。 そんな時は決まって、ふっと自分がこの世界から離れて別の場所から傍観している様な感じだった。 出てきたのはいいけれど、さて、どこへ行こう。僕はふと立ち止まった。 行きたい所はない。行くべき場所はあるけど、行きたくない。ふらふら歩くのは楽しいし好き。だからこのままでいいかって。そう思った。そしてまた歩き始めた。 家の前の狭い通りの三度目の角を曲がってみる。学校とは反対の方向だ。来たことはないけど、たぶん、帰れる。 進んでいくと比較的大きな通りに出た。 車は少ない。人も多くない。 これくらいがこの場所には丁度いいんだ。きっと。 僕の周りには、少し人が多すぎたんだと思う。狭い狭い場所に多すぎなんだ。 コンビニ。花屋。ケーキ屋。何かよく解らない店。閉まってる店。 ショーウインドウに自分の姿が映る。 こうやって自分を追い詰めてしまうのは悪い癖だと思う。解ってはいるのに、止まらない。もしかしたらそういう自分が好きなのかもしれない。 なんてね。情けない僕。 『今何してる?』 『自分探索』 『はあ?』 大西からメールだ。 今は何の授業なんだろう。数学か生物かな。とにかく暇を持て余しているらしい。 『何でもない。なんかあった?』 『なんもないよ。だからメールしてる』 『あぁ』 『ほんとに散歩してんの』 『僕も暇だから』 『学校サボって言うセリフかよ』 彼は、学校が好きだった。授業中はほとんど寝てるくせに。休み時間の時は本当に楽しそうにしてる。以前、聞いたら、勉強は好きじゃないけど学校は好きだって少し考えるように言ってた。 僕は。 僕は学校っていう空気が好きだ。 『サボりじゃないよ。風邪だから』 『病人は散歩したりしないだろ』 『まあね』 気付けば並木道を歩いていた。ちょうど、歩いている先に緑色のベンチがある。 僕はそこに腰掛けた。 『空綺麗だな』 余所見をしているらしい。しっかり授業聞けよって思ったけど、空を見上げてみたら本当に綺麗で。まあ、見てしまうのも無理はないかな。 『ほんとだ』 『生きるって何だと思う』 ……え、国語の授業? 『何いきなり』 『暇だしこういうのもいいかなって』 だからって急にテーマが重い。 『真剣に答えろよ』 真剣にって言われても。 『何って何』 『俺はすごいことだと思う』 『そりゃ誰だって思ってると思うよ』 『人ってすごいよな』 『そう?』 『ただ生きてるだけな人っていないじゃん』 それを最後に、またしばらく連絡が途切れた。 生きてるだけですごいのに。 人はそれ以上を求め続けてる。 どうして生きることだけに必死にならないのか。今日、明日明後日のために努力する。未来がそこにあると信じて疑わない。僕らは幸せだった。 つづき⇒ |